2005年度期成会基本政策


もくじ

 

はじめに

 

司法改革の着実な実践を

裁判所に市民の感覚を

 国費による被疑者弁護、少年付添の拡充に向けて

 法化社会への充実した対応を

 

刑事手続きの徹底的な改革を

 

優れた法曹の養成を

 

憲法の理念と平和を護る議論を

 

人権の擁護と新しい権利の確立のために

 

弁護士自治の堅治のために

 

 

 

はじめに

 現憲法が制定されてから、間もなく六〇年を迎えようとしている。

 弁護士会は、戦後、市民とともに、憲法の理念を実現するべく努力してきたが、憲法の基本原理は未だ十分に実現されるに至っていない。

 近時、有事関連法などの諸立法やイラクに対する自衛隊派遣、日の丸・君が代の強制など、憲法理念に抵触すると思われる問題が多発している。さらには昨年来、準憲法と言われる教育基本法見直しの提案に続き、憲法の明文「改正」の動きが顕著になっている。自由民主党憲法調査会が「改憲大綱素案」を発表した。民主党が「憲法提言中間報告」を、公明党が「論点整理」を、それぞれ公表した。

 弁護士会は、いまあらためて、恒久平和主義、「個人の尊厳」原理と立憲主義の観点から、国家法体系における憲法の位置づけ、すなわち「憲法は誰を護り、誰を規制するのか」の原点に立脚した議論をすることが必要である。

 憲法原理を守り、人権・権利を保障するのが、司法の役割である。

 そのために、市民に身近で利用しやすい司法の実現は、喫緊の課題である。

 昨年の国会で、司法制度改革推進本部提案の一二法案のうち、一一の法律が成立した。残る一法案の「弁護士報酬敗訴者負担法案」については、日弁連と市民の連携した反対運動により廃案に追い込むことができた。

 司法改革の基本的制度は出揃った。いまや裁判員、日本司法支援センターなど、制度の実施段階に入っており、引き続き弁護士会と政府や最高裁との間のせめぎ合いは続く。そして、制度に魂を入れるのは、現実に運用にあたる「人」「担い手」である。

 私たち弁護士は、司法制度をより市民の人権・権利を保障するものとするために、議論とともに多様な現場での実践に参加することが求められている。そのことが、弁護士法七二条などを切り崩そうとする動きに対抗し、弁護士自治を守り発展させるための最強の途である。

 

 

司法改革の着実な実践を

 

裁判所に市民の感覚を

 

裁判員制度をよいものに

 昨年五月、「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」が公布された。遅くとも二〇〇九年四月には施行される見通しである。裁判員六人・裁判官三人という構成になり、評決も多数決とされたことは、限りなく陪審制に近い制度設計という観点からすれば問題が残っている。しかしながら、一般の市民が裁判に参加する制度が実現したことの持つ意味はきわめて大きい。制度実施の準備期間中、可能な限り市民参加の実質を高める方向での取り組みが求められる。

 具体的には、三つの点を指摘しておく。まず、世論調査で約六割が裁判員に選ばれることに対して消極的だと報道されている点について克服する方策を講じる必要がある。全国各地で模擬裁判の実施を呼びかけ、弁護士も多数そこに参加しよう。弁護士・弁護士会は法教育にも、積極的に協力しよう。

 次に、法曹三者が、公判前整理手続の進め方や集中審理における尋問技術などに熟達する必要がある。弁護士会もそのためのプログラムを用意すべきである。

 さらに、取調べ過程の可視化など、刑事司法の残された改革課題に最大限の力を注ぐべきである。

 裁判員制度はできた。この制度をよいものにする弁護士・弁護士会の取り組みが求められている。

 

弁護士任官のさらなる推進を

 二〇〇三年六月の下級裁判所裁判官指名諮問委員会発足により、裁判官の採否・人事の透明化がはかられたが、この新制度の導入により、多数の採用拒否者が出るなど、新たな問題も出てきており、任官推進にとっては厳しい状況が現れている。昨年四月任官予定の希望者一一名中四名が不採用、同年一〇月任官予定の希望者三名中二名が不採用となった。この事実は任官希望に対し萎縮効果を及ぼし、この一年の任官者は二桁に達しなかった。

 しかし、新制度発足直後の混乱期を経て、採否の基準もかなり見えてきたため、今後の対応は混乱なく進められるであろう。

 また、昨年一月からはじまった非常勤裁判官の制度も、通常任官へのステップとして今後機能することが期待できる。

 東弁の弁護士任官推進都市型公設事務所の展開(池袋、北千住、渋谷)は、弁護士任官の基盤整備を進めるものとして成果を上げつつある。これらの事務所は司法修習生や若年層を中心に高い関心を呼んでおり、現に将来の任官を前提にして入所している者が複数いる。

 彼らが任官するまでのここ数年の取り組みが重要である。そのためには、弁護士任官者に出席を求めて体験談を語ってもらうなど、会員に裁判所の様子、弁護士任官者の実態、裁判官の魅力を理解してもらう日常的な取り組みが重要である。

 

裁判官指名諮問委員会

 司法修習生からの判事補任官、判事補からの判事候補指名、判事の再任、弁護士等からの任官について、一一人の各界からの委員で構成される下級裁判所裁判官指名諮問委員会は、二〇〇三年六月に第一回委員会を開催した。以来、昨年一〇月四日の第一一回委員会まで、上記の各種指名について審議を行った。

 再、新任問題について思想信条による差別など、不透明というより不当な指名が行われているのではないかというこれまでの疑念は、この制度によって、払拭されたと評価できる。

 審議の視点は、「裁判を受ける国民の立場から見て、その能力、資質に欠けるところはないか」ということに集約される。

 制度発足以前よりも、「不適格」とされ、最高裁の指名から外れるものが増えた。しかし、このことは訴訟当事者がこれまでキャリア裁判官の一部に対して感じていた実感に沿うものと考えてよいのではなかろうか。

 ただし、裁判官に対する外部からの評価がほとんど行われてこなかった実情から、審議資料のほとんどを裁判所に依存することになっている現状は改善する必要がある。

 この制度は、基本的に国民の立場から見て評価すべき、また、できる制度である。この観点から、弁護士が裁判官について主体的に評価し、その評価を積極的に提出していく努力なくしては真に民主的な制度には成長しない。

 東弁は、この制度の発展に力を尽くすべきである。

 

裁判官の適正な人事評価を

 昨年四月以降、裁判所では、同年一月に制定された最高裁の「裁判官の人事評価に関する規則」に基づく新しい裁判官人事評価制度が実施されている。この新制度は、@ブラックボックスであった裁判官人事評価が制度化され外に見えるかたちで透明化が進んだこと、A外部情報が裁判官評価に取り入れられたこと、B面談制度により裁判官の意見が人事評価に反映されるようになったこと、C人事評価書の開示制度が導入されたこと、D不服申立て制度が導入されたことが前進点として評価できる。

 しかし他方、所長、高裁長官に評価権と不服審査権が付与されたことによりその権限が強化され、裁判官に萎縮効果が強まる懸念もある。こうした懸念を払拭し、新制度を改革にふさわしい制度にしていくためには、裁判所内部で裁判官自らが面談、開示、不服申立て制度を積極的に活用し、人事評価の適正、客観性を高めていく対応をするとともに、裁判所外部から質・量ともに豊富な情報を提供し、国民の視点に立った外部評価を人事評価に反映させることが必要である。

 東弁では、モニター制度等、日常的に裁判官情報を収集し提供していくことにつながる様々な取り組みを行っているが、今後なお一層の取り組みの強化が求められている。

 

地方・家庭裁判所委員会

 司法改革の成否に占める裁判所・裁判官改革の比重は極めて大きい。

 改革審意見書の提言にもとづき、いち早く実現を見た裁判所改革の一つが、二〇〇三年八月一日に発足した全国の地方・家庭両裁判所委員会制度である。

 制度の特徴は、市民の声を裁判所の司法行政へ直接反映させて実効力をもたせるところにある。従って、関係者の期待と狙いは、家裁の広報の場にとどまった旧家庭裁判所委員会とは異質のものである。

 東京の両委員会は、昨年一二月末まで各々五回の審理を終えている。地裁委員会は、簡裁調停の問題、裁判員制度と現行刑事裁判に対する意見具申を課題とした。家裁委員会は、人事訴訟の運用と施設問題、遺産分割、少年事件、八王子支部の現状など多くの問題点を俎上にあげた。

 家裁委員会においては一部充実した討議もあったと評されるが、これに比して地裁委員会は委員数が多く、また裁判所選任の各市民委員が、いまだ必ずしも裁判所や裁判の実情を把握していないことも加わり、不十分な討議と運営にとどまった。しかし、全国で頭抜けた事件数、複雑で巨大な事件を数多く抱えて実験的審理を模索する東京の裁判所にあって、その悩みと問題克服には地域市民の提言と協力が不可欠である。

 今後、辛抱強く市民委員の理解を深めて共にあるべき東京の裁判所運営を目指すべきである。

 

弁護士職務経験制度の充実を

 「判事補及び検事の弁護士職務経験に関する法律」が昨年六月に成立し、いよいよ今年四月から、判事補と任官一〇年以内の検事による弁護士職務経験制度が始まることとなった。この制度は、判事補及び検事の経験多様化の一環として制定されたものである。

 判事補及び検事は、裁判所事務官及び法務事務官となって弁護士登録を行い、原則として二年間の弁護士職務経験を積むこととなる。公務員としての身分は残るが、弁護士としてできる職務に制約はない。国選弁護、当番弁護、法律扶助事件なども豊富に取扱ってもらうこととなる。弁護士職務の苦労を実感するならば、裁判官・検察官に戻ったときに、必ずや以前とは事件の見え方が違ってくることであろう。

 初年度は、判事補一〇人程度、検事五人程度という予定であるが、弁護士会側の受入事務所にはすでに五〇以上の応募があり、今後受入人数が大幅に増加しても態勢としては十分といえる。弁護士会は、最高裁と法務省に対し、派遣増を要請すべきである。弁護士会も、この弁護士職務経験を実りあるものとするために、無罪を争う事件や国賠事件などの紹介、万一の悩み事の相談など、態勢を整備する必要がある。

 

八王子支部立川移転問題

 二〇〇三年七月、裁判所から東京地・家裁八王子支部立川移転の意向が弁護士会に伝えられた。

 東京三会は、今後の多摩地区の司法のあり方を決めるものと重視し、昨年七月に八王子支部移転問題検討協議会を設置した。その後、九月からは裁判所との間で正式な協議会が開催されるようになった。

 当初、裁判所は簡裁も一括で移転するとしていたが、東京三会、八王子市の要求を受け簡裁のみは八王子に残すことが決まっている。また、多摩支部中心に討議を重ねた結果、裁判所に対して、@立川に本庁並の人的物的に充実した裁判所をつくること、A八王子に将来を見据えた司法機能を残すことを要求していくこととなった。

 立川の庁舎については、裁判所は、昨年一二月までに、現在建築が計画されている墨田簡裁と同様に民間活用のPFI方式によることを決定しており、弁護士会に対しても、庁舎設計に関して実施方針が作られる二〇〇六年一月以前のなるべく早期に具体的な要望意見をあげるよう要請してきている。

 東京三会としては、会内の意見集約を急ぎ、実務をふまえた具体的な提案をしなければならない。同時に検察庁八王子支部、拘置所も立川の裁判所近隣に移転するため、新しい拘置所についての要求もまとめ提案する必要がある。

 さらに並行して、立川の裁判所近隣の弁護士会館確保に全力をあげなければならない。また、一九九八年に現在の八王子支部会館を建築し、二〇〇三年七月には隣地を取得した経過から、今後の八王子の敷地会館の利用に関しても、東京三会は会内合意をはかりながら力を結集して当たらなければならない。

 

墨田簡易裁判所問題

 二〇〇三年、東京地裁より、二〇〇五〜七年度の工事期間で東京簡裁墨田分室の建替工事を行い新庁舎に東京簡裁の調停部門全てを移転する意向が示された。@霞ヶ関における調停室不足A人事訴訟の家裁への移管による家裁庁舎の狭隘さの増大B現在調停事件を扱っている霞ヶ関以外の四つの分室(中野、北、大森、墨田)が殆ど利用されていないことなどがその理由のようである。

 しかし簡裁での調停は「市民に身近で気楽に利用できる裁判所」という簡裁の役割の重要な部門であり、司法へのアクセス障害の除去という今次の司法改革の基本的な目標からして、より一層の充実が図られなければならない。

 この観点からすると、@Aの点は別途解決を図るべきであり、Bの点はその理由を分析して改善が図られなければならない。

 東京三会は、東京地裁に対して、東京簡易裁判所の果たすべき機能充実に向けて意見交換のための協議会設置を求める申し入れを行っている。利用者の視点に立った利便性、ターミナル駅近くへの分室移転の実現可能性、地元自治体との意見交換の可能性などを巡っての協議の場を設置する必要性は高い。

 

 

国費による被疑者弁護、

 

少年付添の拡充に向けて

 

公的弁護制度

 裁判員法、改正刑訴法、総合法律支援法の成立に伴い、新たな被疑者公的弁護制度が創設された。

 被疑者・被告人を含めた公的弁護制度に関しては、日本司法支援センターが運営主体となることから、@恣意的事件配点がされないための配慮、A弁護の独立の確保、が図られなければならない。

 @については、日本司法支援センターと弁護士会が予め作成された同じ「待機名簿」を共同で運用するする方法等が考えられており、その実現を図るべきである。Aについては、「法律事務取扱規程」に含まれる「法律事務の取扱の基準」中の弁護活動の禁止基準が、弁護士職務基本規程を踏み越えたものとならないようにしなければならない。

 このような制度設計とともに、被疑者の公的弁護制度を担う弁護体制の確立も緊急の課題である。二〇〇六年の法案施行から三年程度は短期一年以上の法定合議事件(対象事件約六千件から八千件)のみであるが、四年めである二〇〇九年以降は必要的弁護事件(対象事件約一〇万件)を担わなければならないため、一人でも多くの弁護士がセンターとの国選弁護人契約を締結する必要がある。それとともに、センターのスタッフ弁護士を養成するための「スタッフ弁護士養成事務所」を全国に二〇〇か所つくる目標が掲げられており、その目標実現のための格段の努力も求められる。

 

少年当番付添人

 昨年一〇月から、少年当番付添人制度が東京家庭裁判所本庁管内で始まった。少年当番付添人制度とは、観護措置決定によって身体の拘束を受けているすべての少年に対し、弁護士付添人を選任する権利を保障しようという制度である。

 非行事実の検討や環境調整など、少年事件における弁護士の役割の重要性についての認識は高まっている。しかし、従来、少年事件は、弁護士の関与のないままに処分が下される事件が大半を占めていた。そこで、少年の付添人選任権を実質的に保障するため、同制度が実施されたのである。

 しかし、この制度が今後定着していくためには、人と金の手当が不可欠である。特に、八王子支部管内においては、多摩支部会員の献身的な活動によってもなお付添人名簿の登録者が予定に達せず、本年四月への実施延期を余儀なくされた。今後は多摩支部会員か否かを問わず、多摩支部の応援名簿への積極的な登録が望まれる。

 また資金面では、法律扶助制度の利用が主となろうが、弁護士費用として十分な額にはほど遠い。さらなる増額が望まれる。

 そして、少年に弁護士の援助を保障するために、国費による付添人制度が不可欠である。政府は、短期二年以上の事件で観護措置がとられた事件については、国選付添人を付する方針を固めている。国選制度を早期に拡充するために、弁護士会は人的態勢づくりを急ぐべきである。

 

 

法化社会への充実した対応を

 

日本司法支援センター

 昨年六月二日、総合法律支援法が公布された。二〇〇六年中に日本司法支援センターが設立され、業務を開始することになる。同センターの理念にかかわる課題としては、@その組織・運営に日弁連の意見を十分反映させられるか(理事長等の任命に当り日弁連の意見を求めることになっていない)Aその組織において独立性・自主性が確保されるか(国選弁護人の恣意的な選別はされないか)Bその設置・運営に十分な財政的措置がなされるか(本法で国は原則として事業費はもとより管理費も全額負担の責務を負った)、などが重要である。

 また、このような課題とともに、同センターの業務規模・支部を含む拠点の設置などについては法定されていないため、業務開始に向けてこれらの具体化も重要となってくる。

 東弁としては速やかに@人材確保(支部長などの業務運営を担う弁護士だけでなく、法律サービスを提供する弁護士の確保)A支部設置構想や事業計画に必要な組織・業務の検討B民事扶助審査体制等の検討C国選弁護人候補選任事務のあり方の検討D同センターが策定する法律事務取り扱い規程等の検討E自治体ほかとの連携体制の検討F扶助協会自主事業を委託等で実施する方策の検討、などの諸課題に取り組まなければならない。

 

都市型公設事務所の充実を

 都市型公設事務所に期待される機能は、@都市の中の過疎対策、市民の駆け込み寺、子どもの人権、高齢者・障害者・外国人などの社会的弱者の法的支援センターの役割と同時に、A若手弁護士の育成と過疎地への派遣、B弁護士任官候補者の支援、C刑事弁護対応、D法科大学院のクリニックである。

 東京パブリック法律事務所は、三年目を迎えて人的・物的に機能を拡大し、昨年四月には刑事対応型の第二公設・北千住パブリック法律事務所が開設され、七月には法科大学院のクリニック機能をもつ第三公設・渋谷パブリック法律事務所が開設された。一弁、二弁、大阪、岡山に続いて、札幌、横浜、名古屋でも開設に向けた検討がされている。

 都市型公設事務所の意義と役割は、多くの修習生の共感をよび、多数の入所希望者が都市型公設事務所に応募するようになっている。東弁は、弁護士任官推進の観点からも、公設事務所を人的・物的に支援し、その意義を全国にアピールすべきである。そのために、前年度を上回る各種のシンポやイベント、合宿での企画、「LIBRA」の特集などを実行すべきである。

 

裁判官・検察官の増員と司法予算の拡大

 裁判が遅い、人証調べや検証が減少した、裁判官が忙しすぎて記録を十分に読んでいないなど、裁判の病理現象が指摘されて久しい。地裁の民事事件は過去四〇年間に全事件で三・四倍、訴訟事件でも二・五倍に増加したが、裁判官は一・三倍にしか増えていない。

 二〇〇三年七月に成立した「裁判の迅速化に関する法律」は、一審の裁判は二年以内のできるだけ短い期間に終わらせることと、これを支える裁判所の人的体制の充実を定めている。裁判の適正・迅速化のためにも、裁判官の大幅増員は不可欠である。東京では特に八王子支部の裁判官増員が重要である。また検事不足も深刻である。本来検事が行うべき事件処理の約七割は副検事が担当している。

 日弁連は、二〇〇三年一〇月に、今後一〇年間で裁判官・検察官の数を二倍にすることを求めている。その実現に向けて、現場の裁判官とも連携した運動を展開する必要がある。

 裁判官の増員、国費による被疑者弁護・少年付添、法科大学院、裁判員など、市民の司法を実現するためには司法予算の大幅拡大が絶対の条件である。司法予算が国家予算の〇・四%にすぎないという現状を改革し、すみやかに昭和三〇年代の〇・九%台にまで回復させなければならない。

 

行政事件訴訟のさらなる改革を

 昨年六月二日、国民の権利利益のより実効的な救済を図ることを目的として改正行政事件訴訟法が成立した。改正法は、救済範囲の拡大のため、原告適格の実質的拡大、義務付け訴訟の法定、差止訴訟の法定、当事者訴訟における確認訴訟の明記を行った。また、国民が利用しやすいように、管轄裁判所の拡大、出訴期間の延長、被告適格を行政主体とする改正を行い、行政庁による教示制度を創設した。さらに、仮の救済制度を拡充するため、執行停止要件を緩和し、仮の義務づけ制度や仮の差し止め制度が創設された。このほか、審理の充実・促進を図るため、裁判所は、釈明処分の特則として資料や審査記録の提出を求めることができることになった。

 このような改正により、機能不全に陥っている現行の行政訴訟制度に一定の改善効果は期待することができる。しかしながら、団体訴訟の導入、行政立法・行政計画・一般処分への取消訴訟の拡大などは見送られており、抜本的な改革との観点からは不十分である。

 今後は、法の支配の確立、国民の権利利益救済のため、改正法の趣旨や制度を積極的に活用し、裁判所の法創造機能を発揮させていくとともに、このたびの改正で見送りとなった前記各事項について、引き続き改革を求め国会等へ働きかけていく必要がある。

 

ADRと弁護士法七二条

 裁判外紛争解決手続きの利用の促進に関する法律いわゆるADR法が昨年秋の臨時国会で成立した。

 国民が多様な紛争解決方法の中から適切な手続きを選択できる機会を広げ、より利用しやすい紛争解決制度を実現するとの目的に異論はない。

 問題は、弁護士法七二条との関係で手続実施者が弁護士でない場合にある。民間紛争解決の実施に当たり法令の解釈適用に関し専門的知識を必要とするとき、弁護士の助言を受けることができるよう配慮すべしとの参院での付帯決議の趣旨が十分図られなければならない。

 また、この法律では未だ俎上に上っていないが、司法改革推進本部が司法書士、弁理士、社会保険労務士、土地家屋調査士に対してADR代理権を与える方向を打ち出したのは問題である。認定司法書士に対して簡裁代理権の範囲内で代理権を与え、現在指定ADR機関での仲裁代理が認められている弁理士に対して指定機関の一部拡大を認めることは可としても、紛争解決の専門性がなく、職業倫理の規律面で不十分な、その他士業に代理権を認めるべきではない。

 

労働審判法の適切な運用に向けて

 労働審判法が成立し、二〇〇六年度から施行される。労使から選任される労働審判員が裁判官と合議して権利義務関係を踏まえた審判を下す制度であり、裁判員制度よりも早く、非職業裁判官が判断に直接係わることとなる。また、三回以内の期日で審判をなす制度であり、迅速性は高い。

 運用が適正に行われ、多発する個別労使紛争の解決に有益な制度となりうるかどうかは法律家の努力にかかっている。労働審判員(東京では労使各一一五人)が裁判官と対等に議論ができるよう必要な研修がなされねばならず、弁護士会はこれに積極的に協力しなければならない。

 三回で結論を出すためには各期日が充実していなければならず、ことに第一回期日に基本的な争点整理が了わらねばならない。相手方(主として使用者)は第一回期日前に具体的な主張とこれを裏付ける書証の提出が必要であり、これを実現させる弁護士・弁護士会の責務は重大である。

 まだまだ泣き寝入りが多い中、紛争を抱えた労働者が心置きなく審判制度を利用しうるよう、弁護士・弁護士会の相談・受任体制の構築が具体的に図られねばならない。

 

 

刑事手続の徹底的な改革を

 

取調べの可視化(録画・録音)を

 密室での取調べが、自白強要の温床となり、冤罪を生むことは、死刑再審四事件をはじめとするいくつもの冤罪事件が証明している。

 そして、裁判員裁判の下でも可視化がなされず、密室での取調べが温存されるならば、暴行、脅迫の有無に関する長期間の水掛論的争いに裁判員が巻き込まれ、裁判員制度は事実上、機能不全となる。

 日本の捜査機関は、密室でなければ真相は解明されない、真実は告白されない、日本の司法は精密司法であるなどとして導入に反対している。

 しかし、取調べの可視化は、イギリス、オーストラリア、イタリア、アメリカのいくつかの州、カナダ、台湾、香港、韓国などで実施され、世界的潮流となっており、いわゆる先進国で取調べの可視化も弁護人の立会権もないのは日本ぐらいのものである。

 有力な元裁判官や現職の裁判官からも取調べの可視化の必要性がいわれている。

 昨年の通常国会では多くの質疑がなされ、衆参の法務委員会でその実現にふれた附帯決議がなされた。

 現在行なわれている法曹三者協議を注視しつつ、大きな運動をつくり、遅くとも裁判員制度実施までに取調べの可視化を実現させなければならない。

 

刑事手続改革

 当会は、「二〇〇四年度私たちの政策」で、刑事裁判の充実・迅速化のための改革として、(1)第一回公判期日前の準備手続きに関し、@検察官手持ち証拠の全面開示、A接見交通権の確保、B十分な準備期間の確保、C争点整理後の被告人・弁護人の新たな主張・立証を制限しないこと、D開示証拠の使用方法を「審理の準備」に限定せず目的外使用に対する制裁をしないこと、(2)連日的開廷に対処するための保釈の原則化、(3)訴訟指揮の実効性確保のための制裁規定等の新設反対などを提言した。

 現在、一連の刑事司法改革法案が可決成立しているが、その内容は、当会の提言には程遠いものであり、被告人・弁護人の防御権の確保・実現と刑事裁判の充実のために今後も提言の実現を求めていくことが必要である。ことに、被告人・弁護人の争点整理後の新たな主張・立証の原則禁止、開示証拠の目的外使用の原則禁止と制裁、訴訟指揮の実効性確保のための制裁規定の新設などは、被告人・弁護人の防御権を大きく後退させ侵害するものであり、その廃止を目指すとともに、改正法を被告人の防御権の拡充につなげる弁護活動の実践が不可欠である。

 

施設法から処遇法へ

 監獄法を改正する法案づくりが進行している。法務省は、今年の通常国会に提出する方針である。問題はその内容と法形式である。警察庁は、法務省が改正法案を提出するなら、自分の方も法案を用意する、と主張している。日弁連は拘禁二法案の再来に断固反対し、特に先の留置施設法案のような警察立法には強く反発している。

 日弁連は、受刑者についてまとめた行刑改革会議の提言(’03・12・22)に沿って受刑者に関する改正を先行し、審議されなかった代用監獄問題を含む未決については、同種機関を設けて審議して立法すべき、と提案している。

 理念的には、拘禁二法案のごとき施設を基準にした立法ではなく、被収容者の法的地位に応じた受刑者処遇法と未決拘禁者処遇法を実現すべきである。こうすれば、警察の関わりなしに、改革が急がれている受刑者の処遇を改善する法案を策定できるし、警察は未決についてだけ関与し、被逮捕者、被勾留者、そして未決に準じた死刑確定者等の処遇を協議して未決法案に反映させることができる。日弁連はその趣旨を再三法務省、警察庁に申入れてきた。

 法務省は、昨年一二月一五日開催の三者協議会(日弁連、法務省、警察庁が代用監獄に関連する事項について協議しているもので、当日は第四回)で、今年の通常国会に提出するのは受刑者等の処遇を中心とした内容の法案であることを明らかにした。これにより、未決等の処遇や代用監獄に関する法案は、別の検討機関の設置も含めて三者で協議を続けることになったが、法務省は、一年後の法案化を主張している。

 受刑者法案に日弁連の意見を反映させ、未決法案論議の場で、代用監獄廃止の足がかりが実現できるよう運動を強める必要がある。

 

 

優れた法曹の養成を

 

法曹養成でのイニシャティブを

 昨年四月に法科大学院六八校が開校し、いよいよ新たな法曹養成制度が始まった。法科大学院には,様々な背景をもった社会人も入学し,まさに法曹界は新たな人材を獲得し始めている。弁護士会は,この流れを大事に推し進める必要があり,法科大学院や学生に対する経済支援,実務家教員の派遣,日弁連法務研究財団の法科大学院に対する認証評価事業などに引き続き協力していくべきである。

 なかでも重要と思われるのは,多数の法曹が輩出されるに当たり,法曹のレベルのさらなる向上を図るために尽力すべき点である。その手段として,@多くの会員が法科大学院生に関わることである。会員が通常の授業やリーガルクリニック,エクスターンシップの臨床法学教育に参加し,法曹としての理論面及び実務面はもとより,倫理面についても,教育を施すべきである。また,A日弁連法務研究財団の法科大学院教育に対する厳格な審査及び適切なアドバイスを行わしめるために,現地調査が必須となるが,その現地調査委員確保のために,弁護士会が多くの会員にその参加を呼びかけるべきである。

 

司法修習制度の維持、充実のために

 法科大学院卒業生が新司法試験を受験する二〇〇六年から、新旧司法修習制度が併存することとなる。新司法試験合格者については、一年修習とされ、前期研修所修習を経ずに実務修習に配属される予定である。民事及び刑事裁判、検察庁、弁護士会それぞれ二ヶ月の実務修習の後、後期研修所修習が二ヶ月予定されている。余った二ヶ月は選択型実務修習として希望による補充型実務修習が予定されている。旧司法試験合格者については、一年六ヶ月の現行修習期間を一年四月へ短縮することとされている。このような新旧修習の複合体制は少なくとも二〇一一年までは継続する予定である。

 現行実務修習は、刑事事件における接見で弁護士と同行できるなど法科大学院では修得できない様々な実務経験を得ることができる点で優れている。可能な限り存続させるべきである。

 このような視点から、司法修習短縮の動きに対しては、@弁護士会の実務修習の更なる充実をもって対処してゆくべきである。個別指導弁護士の確保、刑事事件、少年事件、保全、執行事件等の共同指導体制をより充実させる必要がある。Aこれからは、法科大学院学費など経済的な負担が増大するのは必至である。司法修習生の給費制の更なる継続を主張し続けることを含め、負担増への対策を講じるべきである。B実務修習では、法廷技術の修得に止まらず、法曹倫理の修得に意を用いるべきである。

 

研修の強化

 弁護士は、多様で複雑な問題、未経験の案件に直面することが多くなっている。そのため、業務上必要な知識や情報は、いつでも、どこでも、すぐに入手できなければ、これら社会の変化に対応できない状況にある。そこで、会員の要求に合った情報や研修を十分に提供することは、弁護士会の会員サービスとして重要な課題である。ハード面だけではなく、研修内容の細分化、研修方法の木目細やかさも求められている。

 倫理をはじめとする義務的研修も、弁護士会本来の役割の一つとして、いっそう工夫され拡充される必要がある。会員数の飛躍的増加を迎えて、これら研修は年間を通じて実施され、誰でもその都合に合わせて受講できる態勢を作らなければならない。

 他方、業務に関連する研修の充実のためには、東弁独自のプログラムに限らず、他会、関弁連、日弁連とも共通した研修体制を作っていく必要がある。法務研究財団や民間との協調・協力関係もいっそう深めなければならない。

 そして、これらの体制を整備するためには相当な資金が必要となるから、個別の業務研修は受益者負担の原則により有料化を基本とし、反対に会員に共通のテーマに関する情報や研修は無料化すべきである。

 将来を見据えれば、法律情報の配布、研修を一手に担う会員制組織として法務研究財団の活用を強化することを検討すべきである。

 

 

憲法の理念と平和を護る議論を

 

憲法改正問題

 日本国憲法の改正問題が極めて重要な現実的課題となりつつある。憲法改正の中身が九条を中心としたものになるのか、九条に限らず全面的なものになるのかは、必ずしも明らかではない。しかし、憲法改正案がどのような内容で出されてくるとしても、憲法・国際人権法などに依拠して市民の人権を擁護すべき使命を持つ弁護士・弁護士会にとっては、その改正案の具体的内容に即して適切な意見を表明し行動することは当然の責務である。

 憲法改正に必要な手続法たる国民投票法案についても主権者たる国民の意思が可能な限り正確に反映されるように包括投票制や運動規制に反対するなど弁護士会が意見を述べることは、当然である。憲法改正の内容については、集団的自衛権、人権とその制約原理、憲法裁判所、地方自治、教育問題などの個別的論点のほか、守られるべき憲法の基本原則の内容、立憲主義などの基本的論点についても会内で十分な研究・検討が必要である。そのために、日弁連はもとより各単位会、各会員による研究や運動、更には、草の根的な取り組みが大事である。その際、そもそも現行憲法を「改正」する必要があるのかを吟味し、また、改正を前提として論議するとしても、恒久平和主義、国民主権主義、基本的人権尊重主義、地方自治など憲法の基本原則を弱める改正に反対する基本的視点が共有されるように努力すべきである。

 

国際平和

 政府は、国会での十分な議論や国民への説明が不十分なまま、有事法制三法、イラク特措法を各制定したうえ、イラク特措法にさえ違反して戦闘の絶えないイラクへ武装した自衛隊を派遣し、更に、自衛隊をイラク派遣多国籍軍に参加させた。更に、市民を戦時体制に強制的に組み込む有事法制関連七法などを成立させた。

 日弁連を始めとして弁護士・弁護士会は、これまで憲法や国連憲章に違反する立法や武装した自衛隊の海外派兵に強く反対してきた。これからも、弁護士会は、憲法と国連憲章を擁護する立場を堅持して引き続き活動を強化する必要がある。具体的には、@有事法制三法・国民保護法等関連七法などの実施のための政令改正・施行令制定などへの批判的検討と意見表明A緊急事態対処基本法案に対する調査検討Bイラクへの自衛隊派遣反対・全面撤退の要求継続などが必要である。

 イラク・北朝鮮などの諸問題についても、弁護士会が憲法第九条の平和主義と国連憲章の精神に則り武力による解決に反対して平和的解決を求めることが重要である。テロ対策も警察力で対応しつつテロの温床を無くすための努力こそ大事であって武力に訴えることは間違いである。

 

 

人権の擁護と新しい権利の確立のために

 

教育基本法

 二〇〇三年三月の中央教育審議会答申が求めた「教育基本法『改正』」に向けた与党・政府の動きは本格化しており、与党協議会では、東弁会長声明で指摘した中教審答申の問題点を引きつぐ方向で検討がなされている。子どもの人権としての教育への権利に根ざすものでなく、国に有為な人材づくりをめざし、「弱者や特別ニーズ」を持つ子ども達への教育を切り捨てる指向は鮮明になっている。また、子どもや教師の内心の自由侵害をもたらし、多文化共生社会に逆行しかねない「国を愛する心」の教育を掲げる動きも依然として残されたままである。

 これら教育基本法「改正」の動向を先取りする形で現れた、東京都の定時制高校統廃合問題や国旗国歌実施指針問題に関して、東弁は、子どもの教育への権利の機会均等の確保や内心の自由侵害回避の観点から意見書を採択してきている。元文部科学大臣などから、憲法「改正」に繋がるものとしての位置づけもなされている教育基本法「改正」の動きに対し、これを許さない方向で的確かつ迅速な対応をしなければならない。

 

少年法「改正」と子どもの人権

 触法事件やぐ犯事件について警察に調査権を認め、一四歳未満の少年を少年院に収容することを可能とし、保護観察中の遵守事項違反を理由に少年院等の施設収容処分を可能とする少年法等の「改正」が、本年通常国会に提案されようとしている。また、警察庁は警察官が不良行為少年に対する補導を行う権限を法定する法案の提案を検討している。少年の不良行為や非行行為に対する対応として警察権限を拡大し、福祉的対応を後退させる提案を安易に認めることはできず、福祉的施策の充実・強化こそが求められる。

 ところで、右の「改正」提案は、二〇〇三年一二月に政府により策定された「青少年育成施策大綱」に盛り込まれたものであるが、同大綱には、子どもの権利の視点がほとんどない。この大綱を青少年の育成施策の基本とする「青少年健全育成基本法案」も提案されようとしており、今後、同大綱を具体化する施策が次々と実施されることが予測される。昨年一月、国連子どもの権利委員会は、第二回政府報告書審査を踏まえて「最終見解」を発表し、同大綱を含め、国の政策や立法を、子どもの権利、子どもの最善の利益の観点から見直すことを求めている。政府に対し、この「最終見解」の実施を働きかけることが重要である。

 

共謀罪・ゲートキーパー

 国際的組織犯罪防止条約の国内法化の一環として共謀罪が国会で審理中である。共謀罪は、長期四年以上の犯罪(合計五五七)について、団体の活動としての犯罪の共謀(合意)そのものを処罰するものである。国際的組織犯罪に限らず、国内の一般犯罪及び一般の団体も対象とされている。共謀罪は、実行の着手を犯罪成立の要件とする刑法の基本原理を根本的に転換するものであり、構成要件の広汎性・不明確性、共謀立証のための共犯供述の重視など、刑法の人権保障機能を大きく侵害するものである。共謀罪新設の阻止に向けた取組みを早急に行う必要がある。

 FATF(資金洗浄及びテロ資金対策のための国際的政府間組織)は資金洗浄防止のため、弁護士に対して依頼者の一定の範囲の疑わしい取引・活動について報告義務を課す(弁護士を疑わしい取引の門番すなわちゲートキーパーとする)勧告を行い、現在その国内法整備のための作業が進められている。この勧告は、弁護士の守秘義務を侵害し、市民の弁護士に対する信頼を損ねかねないものであり、日弁連はその制度化に反対してきた。その問題性を会員共通の認識にして広く市民に訴え、制度化に反対していく必要がある。

 

消費者被害の防止と救済

 全国の消費生活センターに寄せられる消費者相談の件数は、最近五年間で三倍以上に激増している。消費者被害の防止・救済はまさに喫緊の課題といえる。

 昨年、消費者保護基本法が「消費者基本法」へと大改正され、また公益通報者保護法が成立したが、消費者の権利を擁護するための立法課題はなお山積している。例えば昨今深刻な被害をもたらしている架空・不当請求を根絶するための省庁横断的な施策、消費者団体に事業者の不当な勧誘・契約条項の差止めを認める消費者団体訴訟制度の実現は緊急な課題である。

 弁護士会としては、これら立法課題の実現に向け積極的に意見表明・提言を行うとともに、消費者団体等と協同して世論への働きかけをしていくべきである。

 また事前の行政規制から事後の司法救済への転換を志向する規制緩和の下で、弁護士による被害救済活動は益々重要となっている。弁護士会としては、常設の「消費者相談」「クレ・サラ相談」に関し、相談担当者に対する研修や経験交流を充実させ、スキルの向上を図るとともに、大規模被害事件が発生した際の説明会開催や一一〇番活動等を通じて、被害救済活動を一層強めていく必要がある。

 さらに講師派遣等、消費者教育への積極的支援も重要である。

 

多文化多民族の共生する社会をめざして

 現在の日本は、朝鮮や台湾など旧植民地出身者とその子孫、移住労働者とその家族などの外国人が多数居住し生活している。外国人登録者数だけでも過去最高の一九一万五〇三〇人であり、登録者の国は一八六カ国に及んでいる。外国人登録をしていない外国人をも含めるとその数はさらに増えることになる。これら外国人は、それぞれ異なる文化・言語・宗教などをもつ民族的少数者である。

 日弁連は、昨年一〇月の人権大会で「多文化多民族の共生する社会の構築と外国人・民族的少数者の人権基本法の制定を求める宣言」を採択した。

 宣言では、国及び地方自治体に対し、外国人の基本的人権を原則として等しく保障し、民族的少数者固有の権利を確立し、立法・行政・司法への参画、医療・年金・生活保護その他の社会保障制度の保障、労働法制に基づく権利の保障、DV等による外国人被害者の救済、難民等入管手続全般に対する適正手続保障と透明性の確保、外国人の子どもへの教育の保障、人種差別禁止のための法整備と独立した人権機関の設置、人権教育の徹底などを骨子とする外国人・民族的少数者の人権基本法等を制定し、必要な施策を実施すべきことを求めている。

 東弁は、この宣言に定められた施策の実施に積極的に関与・協力し、外国人及び民族的少数者の基本的人権の確立のために力を尽くすべきである。

 

戦後補償問題

 本年には終戦六〇年を迎えるが、強制連行・強制労働問題、「従軍慰安婦」問題など、いわゆる戦後補償問題は未解決な問題として残されている。被害者もすでに高齢となっており、早急に解決しなければならない課題である。

 日弁連は、一九九三年の人権大会での「戦争における人権侵害の回復を求める宣言」をはじめとして、会長声明、意見書などで、戦争被害の真相究明、被害者個人への謝罪と補償、名誉回復を繰り返し求めてきた。これまで約八〇もの戦後補償裁判が提訴されてきたが、今日「除斥」「国家無答責論」などの法律論を克服して、企業や国に賠償責任を認める判決も複数出されるようになった。国連人権小委員会も「従軍慰安婦問題」の解決を勧告するなど、国際的にも解決を促されている。

 しかし、日本政府は、一貫して「賠償請求権問題は解決済み」との姿勢を崩していない。

 戦後補償問題の解決は、未来に向けてアジアの人々の信頼を構築し平和な日本を築き上げるという平和の問題でもある。

 日本政府は速やかに被害者救済を図るための立法を含めた措置をとるべきであり、東弁はその実現のために力を尽くすべきである。

 

犯罪被害者支援の強化を

 東弁における犯罪被害者支援活動も、この数年で大きく前進してきた。相談担当弁護士の研修も定着した。電話相談の実施日も週一回から週三回へ拡大し、二〇〇三年一〇月以降月曜日から金曜日まで毎日実施するようになった。東京三弁護士会の犯罪被害者支援関係委員会の正・副委員長会議も定着した。警視庁犯罪被害者支援室や社団法人被害者支援都民センターとの交流や連携等も前進してきた。

 今後、東弁における犯罪被害者支援の活動で重視すべきは、犯罪被害者支援委員会の力を社会的な活動に充分発揮することである。今日においても、携帯電話や固定電話、銀行口座や郵便口座を利用した「振り込め詐欺」が横行し、高齢者を中心に善良な市民が多額の被害を受けている。このような犯罪の防止、被害の回復、犯罪の根絶のため、弁護士会の積極的な活動が求められている。

 昨年一二月一日「犯罪被害者等基本法」が成立した。基本法は、「すべての犯罪被害者は個人の尊厳が重んぜられ、その尊厳にふさわしい処遇を保障される権利を有する」と犯罪被害者の権利を明確にし、国などは犯罪被害者のための施策を総合的に策定し、実施する責務があるとした。取り組むべき課題として、犯罪被害者の「損害賠償請求の援助」、「犯罪被害者等給付金の充実」、「犯罪被害者が刑事手続に適切に関与できるための制度の整備等」が挙げられている。弁護士会も、犯罪被害者支援活動と制度改革への取り組みを一層強化する必要がある。

 

高齢者・障害者の権利擁護

 我が国では、要介護、痴呆性高齢者が年々増大し、同時にその権利侵害も激増している。痴呆性高齢者の権利擁護において成年後見制度の果たす役割は大きく、利用障害となっている成年後見費用については、早急に適切な補助制度を整備する必要がある。また年々飛躍的に増大する事件数に対応するためには、家裁の人員増が不可欠である。

 高齢者への虐待も深刻さを増しており、総合的な防止システムとして、実効性のある高齢者虐待防止法の制定が求められる。他方、障害を理由とする差別に対しては、基本的な対策として障害者差別禁止法の制定への取り組みが必要である。

 また、現在整備が進められようとしている日本司法支援センターにおいては、高齢者・障害者の権利擁護相談を位置づける必要がある。

 さらに、現行の裁判システムにおいては、視覚障害、聴覚障害を持つ人達の裁判を受ける権利を実効性のあるものとするため、点字、録音、手話通訳の保障などの改善、法的支援をはかるべきである。

 

男女平等参画社会に向けて

 男女共同参画社会基本法が施行されて五年、現実の社会での女性参画は、公的な議会や審議会はもとより職場の管理職の割合など多くの場面でまだまだ低い。特に最近の動きで問題なのは、男女平等に逆行するいわゆる「バックラッシュ」が目立つことである。例えば、都教委は教育現場に「ジェンダーフリーの言葉の不使用」を指示し、荒川区の条例に向けた懇談会報告では「男女共同参画の乱用防止」があげられ、他のいくつかの条例でも男女共同参画について抑制する規定が盛り込まれている。このことは、憲法二四条の両性平等規定を家族や共同体の価値を重視する観点から見直すとの憲法改正の動きと連動するものである。

 職場の男女平等については、住友電工や野村證券などコース別人事制度の男女差別裁判の和解で前進がみられるが、抜本的是正には程遠い。さらに、急増する派遣・パート等の非正規雇用について、雇用形態が異なるというだけで不安定な身分におかれ、賃金格差は著しい。とりわけ、女性の正規雇用が極端に抑えられ、女性全体が差別される仕組みとなっている。弁護士会は、今後も、学習会・シンポ・意見表明等の積極的活動が求められている。

 東弁は、昨年度、セクハラ規則を全面的に改正し、会員、職員の研修を義務づけた。セクハラはその本質において女性蔑視であり、今後も防止に向けた取り組みが重要である。

 

公害・環境問題

 経済活動に伴う水、大気の汚染、騒音問題、自然破壊、地球温暖化の進行、有害化学物質の環境への放出は我々の生活環境を破壊するだけでなく人類の生存そのものを脅かし、多くの生物を絶滅の危機に陥れてきた。

 また環境意識の高まりに連れて、無秩序な開発計画による街並み、景観の破壊、身近な緑地の破壊に対しても市民の厳しい視線が注がれるようになってきている。

 このような状況の中で環境問題における弁護士あるいは弁護士会に対する市民の期待も大きい。多くの弁護士が公害、環境訴訟において、あるいは弁護士会活動や環境NGOの一員として公害、環境問題に取り組み、成果をあげてきた。

 しかし、その一方でまだまだ多くの公害被害者が泣き寝入りを強いられている。例えばシックハウス症候群に代表される化学物質汚染被害者、あるいは低周波騒音被害者からの相談が弁護士会の無料電話相談に多数寄せられている。しかし、これらは比較的新しい公害問題であり、発症の機序、因果関係の確定等に大きな困難を伴うため、これらの問題を担える弁護士が圧倒的に不足している。特定の弁護士に事件が集中する傾向にあるため、増加する相談需要に全く応じきれていない。

 公害・環境事件をになう弁護士の育成が急務である。東弁は二弁と共催で公害・環境連続講座を開催しているが、これに多くの弁護士の参加が望まれる。

 

個人情報の保護

 本年四月から個人情報保護法が完全施行される。

 コンピュータの処理能力の向上により、大量のデータ処理が可能となった一方で、個人情報の漏洩事件が後を絶たず、個人情報の取扱いに対する社会的な不安感は日に日に増大している。デジタルデータ化された個人情報は、紙媒体と比較して複写が容易であり、一度流出してしまった個人情報を完全に回収することは難しい。

 同法の対象は、五千件以上の個人情報データベース等を事業の用に供しているものであり、登録弁護士や法律相談者等多数の個人情報を保有する弁護士会も例外ではない。特に全国最大の東弁においては、弁護士、職員等が一体となって高い関心をもって個人データベースの、ハード、ソフト両面にわたるセキュリティ対策を講じるとともに、これらを関係者に徹底する必要がある。

 また、分野別のルールも策定する必要がある。委員会として個人情報を収集・保有するところもあるが、それぞれの目的、特性に応じた対策を講じる必要がある。個人からの自己情報の開示を求められたときに対応する窓口の設置も必要である。

 さらには、地方自治体の個人情報保護条例の見直し作業に対する弁護士の援助も期待されているので、これにも対応しなければならない。

 個人情報を巡って弁護士、弁護士会がなすべき作業は多い。しかし、当会には個人情報問題を総合的に担当する委員会がない。早急に設置すべきである。

 

 

弁護士自治の堅持のために

 

職務基本規程の適切な運用のために

 弁護士職務基本規程は、昨年一一月一〇日開催の日弁連臨時総会で賛成多数で可決され、本年四月一日から現行弁護士倫理に代わって施行される。

 司法改革が進むにつれて、弁護士に対して、市民の期待がますます高まる一方、市民の厳しい目も注がれるようになる。本規程は市民の弁護士に対する信頼をより強固にするものとして役立たせなければならない。

 本規程を弁護士全員のものにするために、弁護士会は、以下のような対策を講じる必要がある。

 @会員に本規程の内容や趣旨を十分に理解してもらうために、日弁連は基本規程の解説書を作成して全会員に配布するとともに、東弁は広報活動・倫理研修などの充実強化を図る。

 A本規程違反が懲戒事由と結びつくことにより乱訴が増えるのではないかという危惧があるため、乱訴に対しては迅速な手続きで結論が得られるような改善をする。

 B国家権力側から弁護権侵害にわたるような懲戒請求の攻撃があったときは、弁護士自治を最大限に発揮するとともに、不当な攻撃に対しては弁護士会の組織をあげて闘う。

 C弁護士会の関係委員会で本規程の運用状況を恒常的にチェックし、一定期間ごとに本規程について条項の見直し検討の機会を設ける。

 

公益活動の実践に向けて

 昨年は公益活動が義務化された初年度であった。今後弁護士が飛躍的に増大し、弁護士及び弁護士会の活動分野が拡大する中で、国選や当番弁護士など人権活動を皆で支えるのは弁護士の使命から当然であり、さらにその使命を果たすための弁護士自治を守るために、委員会等の会務の負担を分かち合い活性化を図らなければならない。東弁は最低限の活動を義務とし、参加できない場合は年五万円の負担金を支払うという緩やかな制度で出発した。

 初年度の委員会への希望者は増大し、参加者は多くなり、高齢者、消費者など多くの委員会で定員を増員する結果になり、その後の委員会への出席も増え、義務化はまずまずの滑り出しであった。これが一時的な動きにとどまらず定着させなければならず、今年の課題である。

 また、規則では公益活動と認められる活動を五つに限定したことにより、実施以後、例えば東弁推薦の外部委員等について、「公益活動と認めるべきではないか」との問い合わせや意見が少なからずある。今後、活動の内容を検証し、多くの会員の意見を集積しながら、質の高い公益活動を実践できるよう見直していくことが必要である。

 

会員サービスの向上を

 これまでの東弁は会員に対するサービスが不足しているのではないかとの問題意識から、昨年四月に会員サポート窓口が発足した。

 この制度は、何人かの相談員が電話または面談により、会員からの相談(原則として会員の職務又は業務に関するもの)に乗るものであるが、発足以来、毎月三、四件の割合で相談を受けている状況である。

 具体的には、或る事件の受任が利益相反にあたるのかどうかという問題、あるいは、或る会社の行為が非弁にあたるのかどうかという問題、また、業務妨害行為を受けているという相談、高齢のため事務所を譲渡したいとの相談などがある。

 弁護士人口の増加、職域の拡大、社会の複雑化などにより、会員は新しい問題に直面し、悩んでいる。ストレスにより心身を磨り減らしている会員も少なからずいるのが現状である。これらの会員の負担を少しでも減らすとともに、新しい専門的な事項についての知識・情報を供給するシステムも構築する必要がある。例えば、精神的なケアについて嘱託医のような制度を設けることはできないかどうかを検討する必要があり、また、研修の充実やホームページの充実も会員サービスにとって重要である。

 

健全な会財政の堅持を

 近年、OA化、人件費の自然増、司法改革関連事業など増大する支出にもかかわらず、一九九四年以来会費の値上げをすることなく財政を維持してきた。一般会計で赤字予算を組みながら予算執行の過程で工夫を重ね、会費外収入を増加させるとともに支出を抑制して黒字決算に持ち込むことができてきたからである。

しかし、今後、公設事務所、外部相談センターの増設といった司法改革関連事業が一層拡大するだけでなく、役員・弁護教官への報酬・助成、業務合理化のためのシステム開発費、退職金の引当など、負担の大きな新たな課題が山積している。そのため現状の一般会計の枠内のままでこうした課題を実現していこうとすれば、いずれ会費値上げを迫られる可能性がある。

 これを避けるためには、まず、会費外収入を確保することが必要である。ここ数年、法律相談料、事件受任手数料、破産管財人・成年後見人等負担金の収入増を実現しているが、まだ回収率が高くないため、会員間の公平の観点から、今後、回収手続きを工夫することで一層の増収を実現すべきである。

 また、特別会計の見直しも必要である。昨年度は、一般会計から会館特別会計への繰入金額を減額変更した。しかし、会財政の総合的なバランスの観点からは、これだけにとどめず、会館維持費用を一般会計で処理することなどについても引き続き検討が必要である。

 さらに、これからも健全な会財政を維持するためには、中長期的な計画を立案することが必要である。

 

日弁連

 日弁連理事会は、日弁連の運営に関する重要事項、会長が必要と認めた事項等を審議する。昨年度も制度設計の各種立法案が国会で審議されたことから計二五回の開催となった。それでも多数の議案が流れ作業のように上程、審議、採決されている。議案の送付が一週間前との建前も遅れがちで、かつ当日配布もある。事前に会員間で議論してから臨みたいが、全てはとても無理である。重要議題は、東弁会員集会で議論しているが、参加者はかなり固定され、とても会員全体の意思の反映とは言えない。電子情報化が進む中で、日弁連から全会員に事前に議題をメール送付し、関係資料はホームページで閲覧できるようにして会員による事前検討の機会を確保すべきである。

 あわせて各委員会、各会員の立法に関係する活動状況を一覧できるよう情報収集し、提供すべきである。

 また、会員増の下、総会の在り方についても引き続き検討する必要がある。

 なお、司法改革関連予算の増大に伴い、他の委員会活動予算が削減され、一部の活動が行えなくなっている。日弁連の財務チェック機能が不十分であることは従来から指摘してきたが、今こそ真剣に取り組みつつ、必要な委員会活動が阻害されないようにすべきである。

 

関弁連

 関弁連は、日弁連と単位弁護士会の間の意見集約に関する仲介的役割を担い、また管内弁護士会に共通する課題、ブロック特有な問題を取り扱うという重要な役割を担っている。

 しかし、東京三会の会員の関弁連に対する関心・認識が低い。また、日弁連自体単位会中心になっている。関弁連理事長が日弁連の執行部でなく、関弁連の意向を日弁連に十分反映できないという問題もある。個別の問題でも、弁護士過疎・偏在を解消すべく設立されている公設事務所についても、契約当事者は単位会・日弁連・ブロック弁連であるが、もし存続に関わる問題を生じた場合、どこがどう責任を負うかは不明である。新潟県の大地震の対策においても、日弁連と関弁連がどのように役割分担をするのか悩ましい。

 このように様々な問題はありつつも、関弁連は日本司法支援センターの準備、司法協議会、研修、弁護士偏在・過疎対策の一〇県会のガイダンスなど様々な有意義な活動を行っている。関弁連大会のシンポジウムは非常に先進的な内容である。

 二〇〇六年度には東弁が関弁連の定期大会・シンポジウム開催の担当会となった。これを一つの契機として東弁会員も関弁連の活動により積極的に取り組むべきである。

 

2005年1月15日

東京弁護士会期成会 私たちの政策

発行人 東京弁護士会 期成会

〒100−0006  東京都千代田区有楽町1−6−6 小谷ビル4F

日比谷シティ法律事務所内

TEL 03−3580−6103

FAX 03−3580−6104

発行責任者

 代 表 幹 事 斎藤 義房

 政策委員長 増岡 研介

E‐mail:kiseikai@mc.neweb.ne.jp

Homepage:http://www.kiseikai.jp/\